「もう限界に来ています。財政的にも年齢的にも」——新潟県佐渡市で350年間にわたって文化財を守り続けてきた北條家第11代目当主の弟、北條規氏の率直な言葉が、多くの文化財所有者が直面する厳しい現実を物語っています。
数千万円規模の修復費用を自費で負担し続けてきた北條家が、新たな取り組みを開始することとなりました。それは、これまでに世界23カ国208名の投資家が参加してきたPlanetDAOの仕組みを活用し、地域住民とともに文化財を共同で所有・運営する新しい試みです。
2025年9月10日、株式会社Planet Labs(代表取締役:西村環希、以下Planet Labs)は、新潟県佐渡市の登録有形文化財「北條家住宅」の保全・活用を目的とした「PlanetDAO」第三号案件の記者向け説明会を開催しました。同プロジェクトは、個人所有では維持が困難となった文化財を、地域住民と世界中の投資家による共同所有で保全し、文化的価値を未来に継承するというミッションに挑戦しています。
説明会では、海外投資家が日本の地方文化財に魅力を感じる理由として「心の再生のきっかけ」という興味深い分析も披露されました。デジタル化が進む現代において、なぜ遠く離れた佐渡の古民家が世界中の人々を惹きつけるのか。その答えは、一体何でしょうか?
プロジェクト概要と背景
北條家住宅は、約350年前に僧侶であり漢方医でもあった初代・北條道益(どうえき)が医業を営み、居住していた邸宅で、国指定重要文化財である主屋と、4つの登録有形文化財(米蔵・家財蔵・味噌蔵・長屋門)から構成されています。しかし、個人所有による維持管理は財政的・年齢的に限界に達していました。
Planet Labsの西村環希氏は、「文化財を守るのは、地域や国の枠を超えて支援者を募るモデルを作りました」と説明します。

地域とともに共同で所有する仕組み
同プロジェクトの特徴は、単なる共同所有にとどまらず、「地域と世界が共に文化財を守るための共創型ガバナンス」を導入している点です。
その基盤となるのが「コレクティブパーパス(共通の目的)」であり、北條家住宅では、以下の3つを柱としています。
- 文化的価値の保全:北條家住宅の保存状態を常に良好に保ち、文化財としてのステータスを維持する
- 地域への開放:宿泊施設利用者だけでなく、地域住民にも開かれた建物とする
- 意思決定の透明性:所有権や運営権の譲渡には地域住民のコンセンサスを必要とする
特に重要なのは、議決権の3分の1を所有者や地域住民に譲渡している点です。西村氏は「地域の方々が出資は伴わないが、意思決定に関わることができる議決権をお渡ししている」と強調しました。
所有者の想い:北條家の決断
北條家第11代目当主の弟である北條規氏は、文化財維持の困難さについて率直に語りました。
―――北條家住宅を守るうえで、どのような課題に直面されていたのでしょうか?
北條規氏: 登録有形文化財というのは国の補助はなく、100%所有者負担で維持管理しなければなりません。
指定文化財の方も原則半分は国が出しますが、とても個人の費用負担で賄えるものではない。
もう長い年月の中で風雪に晒され、茅葺きは崩落してる場所もあり、とても文化財として人様にお見せできるようなレベルではありません。
これまで1千万円以上の修復費用を自費で負担してきましたが、とても個人では維持できない状況でした。
財政的にも年齢的にも、もう限界に来ています。兵糧が尽きたというような感じです。

―――Planet DAOという仕組みを活用することを決めた理由は?
北條規氏:色々な方法を模索しながら、何一つうまくいかなかったのですが、ようやくこのDAOという仕組みに出会い、「まだ可能性があるんだ」ということで、家族でもう一度、修復・活用にチャレンジしようと思いました。
一番我々の背中を押してくれたのは、単なる物件の譲渡ではなく、法人を設立して、所有者やその周りの地域の方々も含めて、議決権のある株式を取得することができ、地域と連携しながら運営に主体的に関わることができるということです。
投資家様の方に、「文化的価値を保全してください」あるいは「地域で利用できたり、交流できる環境を維持してください」といったコレクティブパーパスが規定されていることが素晴らしいと思っています。
茅葺き住宅で国指定の重要文化財は、佐渡の中では北條家住宅しかありません。
佐渡の茅葺きの所有者として、ここはある意味モデルケースとして精一杯修復と活用に向かって努力をしていきたい。全国にいらっしゃる文化財の所有者の皆さんが、「こういう方法もあるんだな」と新しいスキームを伝えるきっかけになればと思っています。
海外投資家が日本の文化財に投資する理由
説明会には、長年日本の地方課題に取り組んできたアダム・フルフォード氏も登壇しました。同氏は、海外投資家が日本の文化財に関心を示す背景について興味深い分析を提示しました。
Adam Fulford(アダム・フルフォード)氏
内閣府 知的財産戦略推進事務局 クールジャパン官民連携プラットフォーム(CJPF)エグゼクティブディレクター。有限会社フルフォードエンタープライズ代表取締役会長。
「DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む一方で、私たちの社会を支えているのは実はAX(アナログトランスフォーメーション)、つまり相手を思う心づくりです。AXは任意の善意ではなく、人間社会が崩壊を回避するための作動論理である。日本には、周囲との健全な関係を維持する価値への深い理解があり、子どもの成長過程でAXを意識的に育んできた。したがって、日本はAXという作動体系を備えた稀有な国民性を有するといえる。その源泉は、日本列島各地で多様かつ魅力的なかたちで表現されてきた伝統的な集落文化にある」
PHOTO: UMI FULFORD
アダム氏は、「日本は安心・安全・安定を提供できる国であり、外国人観光客にとって『心の再生のきっかけ』となる価値がある」と説明しました。
―――PlanetDAOが取り組む【共同所有】の仕組みを通じて、北條家住宅にはどんな新しい価値や意味が生まれるとお考えですか?
アダム氏:北條家住宅は、形だけの『日本らしさ』ではなく、営みとしての日本文化を今に伝える場所です。
DXの時代だからこそ、私はAX(Analog Transformation=相手を思い、助け合う力を育てる変化)が重要だと考えています。
薬草の知恵や道具は展示物ではなく、地域を支えてきたものでした。
共同所有という仕組みは資金手当て以上の意味を持ち、地域の方々と世界の支援者が同じ円卓で意思決定し、文化財の未来を共につくることを可能にします。
ここで生まれるのは宿泊体験だけではなく、心の再生と学びの循環です。
佐渡の中心にある北條家は、その新しい社会的契約を試すのに最適な教室であり、舞台だと思います。
海外の支援者や訪問者は、『観光客』としてではなく、『共創者(co-creators)』として、この家の次の一章をともに描いていく存在になれるでしょう。
―――なぜ海外の方は日本人があまり観光に行かない田舎に興味を持たれるのでしょうか。
アダム氏:日本の伝統的な集落では、そのAXを勉強することができる。イギリスにはその伝統的な文化がもうほとんど絶滅してしまいました。日本の場合は、まだその伝統的な文化について話すことができる方々が実際にいらっしゃいます。
外国人にとって、日本は「心の再生のきっかけ」だと私は思ってます。日本では安心して旅することができる、安全な旅、安定した旅ができる。ですから、心を癒したいというふうに考えている人たちが非常に多いです。
―――このような場所での滞在機会を提供するうえで、さらに工夫できることはありますか?本プロジェクトを成功させるポイントは何でしょうか。
アダム氏:外国人の観光客にとって日本の本当に素晴らしい価値は、心の再生のきっかけです。今回の事業に参画しようと思ってる方々は、お金のことはもちろんですが、さらに何か価値のある事業だというふうに考えています。
地元の方々と一緒に何かができるというのは非常に魅力的です。例えば、草刈りです。地域の人に喜んでいただき貢献できるというコンテンツです。そのようなことができる場合はとてもとても嬉しく思う人が多いのではないかと思います。
AXが廃れてしまっている原因は、一言で言うと「便利さ」です。昔は助け合う仕組み、それが日本の伝統的な集落の特徴でした。日本はまだ立派にそのAXという文化の価値を伝えることができる国です。北條家住宅のある佐渡ヶ島からその第一歩を踏み出すことができるかもしれないと思っています。

出典:https://spin-project.org/projects/48
実績と今後の展開
PlanetDAOは、和歌山県那智勝浦町の寺院と神奈川県葉山町の古民家でプロジェクトを成功させ、世界23カ国208名の投資家から総額7,700万円以上の出資を集めてきました。こうした実績をもとに、今回の北條家住宅プロジェクトが第3弾として始動します。
現在の投資家属性は、208名の共同オーナーのうち日本人が51%、残りがアメリカ、シンガポール、フィリピン、香港、タイ、イギリスなど23カ国の人々となっています。(2024年6月時点)
北條家住宅プロジェクトでは、目標金額3,432万円に対し、募集開始からわずか1週間後に開催された一般公開前の説明会時点で18名から600万円の投資が既に集まっており、宿泊・体験施設としての運営開始に向けた準備が進んでいます。
さらに、プロジェクト開始から1ヶ月で、国内外から2,800万円の出資申込が来ています。(2025年10月10日時点)
地域コミュニティとの連携
プロジェクトの成功には地域住民の参画が不可欠です。北條氏は「集落の中での繋がりは代々ずっとあります。集落の祭りはもちろんですが、鬼太鼓があって、道普請など集落で環境を保全する活動がちゃんと今でも生きている」と佐渡の地域性を説明しました。
「地域の方々は、この地域の未来を我々と同じように一番考えている人たちです。今回、北條家だけでなく地域の方々も同じようにこの活用にしっかりと参画でき、自分たちの思いや考え方もそこに反映することができる」
記者向け説明会(2025年9月10日)の模様は以下よりご覧いただけます。
文化財保全の新たなモデルケースを目指して
北條氏は最後に、「全国にいらっしゃる文化財の所有者の皆さんに『こういう方法もあるんだな』ということを伝えるきっかけになれば」と語り、同プロジェクトがモデルケースとなることへの期待を示しました。
文化財の個人所有から共同所有への転換、地域住民の議決権確保、海外投資家との文化的交流など、従来にない多面的なアプローチで文化財保全に挑むPlanetDAO。その成果が、日本全国の文化財が抱える課題解決の道筋を示すことになるかもしれません。
まとめ:文化財保全の新たな可能性
PlanetDAOが佐渡で始める北條家住宅保全プロジェクトは、個人では限界に達した文化財維持の課題に対する革新的な解決策として注目されています。
最大の特徴は、地域住民が議決権の3分の1を持つガバナンス構造を採用し、「コレクティブパーパス(共通の目的)」のもとで外部投資と地域の価値観を両立させている点です。世界23カ国208名の投資家が参画してきた実績は、海外投資家が日本の文化財に「心の再生のきっかけ」としての価値を見出していることを示しています。
佐渡の豊かな自然環境と北條家350年の歴史が融合したこのプロジェクトは、文化財保全にとどまらず、地域再生と国際交流を同時に実現する新たなモデルとして、全国への波及効果が期待されます。かつて地域の人々の健康を支えた漢方医の邸宅が、今度は世界中の人々の「心の健康」を支える場所として、新たな歴史を刻み始めようとしています。
プロジェクト詳細情報
目標金額:3,432万円
対象物件:登録有形文化財の蔵部分(米蔵・家財蔵・味噌蔵)
運営開始予定:2026年6月ごろを想定
提供予定サービス:宿泊施設、野草・薬草体験プログラム
問い合わせ:PlanetDAO公式ウェブサイト
協力体制
- 一般社団法人 佐渡観光交流機構
- 金子建築設計室株式会社(新潟県歴史的建造物専門家)
- Arth.Japan合同会社
- サンフロンティア佐渡株式会社
- 佐渡建築士会
- ミクル株式会社 AX地域活性化事業TEAM
※佐渡市の助言を受けながらプロジェクトを進行
設立:2023年11月
代表者:西村環希
所在地:東京都千代田区平河町2-5-3 MIDORI.so NAGATACHO
事業内容:歴史的建造物の再生・運営事業
親会社:株式会社ガイアックス(カーブアウト企業及び出資先)
本記事は2025年9月10日開催の記者説明会での発言内容を基に構成しています。